ビュールレ・コレクションの可愛いイレーヌが絵を手放した理由とは?女医と夫が考察!

医者が勤務医として仕事をしていると休みという休みがほとんどありません。

週末には学会があったり、その学会準備で土日も資料作りで忙しく、学会がなくても日当直や待機があったりと、あまり長期で出かけることができません。

そんな多忙な医者とデート場所として、半日あれば気軽かつ身軽に行ける、美術館はいかがでしょう?

先日は、九州国立博物館で開催されているビュールレ・コレクションを鑑賞してきました♪

ビュールレ・コレクションといえば、ルノワールの『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)』とセザンヌの『赤いチョッキの少年』が有名です。

この2つは、ビュールレが買い集めた印象派の作品の中でも一際目立つ大人気の傑作ですね。

私は、また別のモネの睡蓮に出逢えたのが嬉しかったですけれどもね!

他にも、ゴッホ、マネ、ルノワール、ドラクロワ、ゴーギャン、ドガ、セザンヌ、マティス、モネ、ピカソと、よくもまぁ、個人でこんなにも巨匠の傑作を買い集めたものだと関心します。

Dr.ゆず
ドクターゆず
こんにちは!ドクターゆず(@Doctor_Yuzu)です。
今回は毒舌辛口サラリーマン夫と、女医の視点から、批評を交えてビュールレ・コレクションの『可愛いイレーヌ』について考察をお伝えします。

ビュールレ・コレクションを鑑賞するならいつが良い?穴場の日時!

冒頭で紹介したとおり、個人で収集したとは思えない傑作の数々のビュールレ・コレクションは、東京での開催も大人気だったようです。

九州や名古屋は地方での開催なので少しはマシですが、それでも土日は混雑が予想されます。

できれば平日に行くのがベストです!でも、常勤の勤務医だと平日はきついですよね。。。(泣)

開業医の先生や、当直明けが休みの先生、フリーランスの医師なら、平日に時間があると思うので、日頃の疲れを西洋美術鑑賞で癒やしてはいかがでしょうか?

土日のどちらかしか行けない!という多忙な医師なら、閉館ギリギリに行くのが少し空いててオススメですよ。

ちなみに、チケット購入のためにチケットブースで待つ時間はもったいないです!

事前にオンラインでチケット購入ができるので、ネットで買っておくことを強くおすすめします。

Dr.ゆず
ドクターゆず
行列に並ぶのが、「雰囲気を楽しめて好き!」って人は別です。学生時代ならまだしも、医者になってからは、買い物でレジの列に並ぶことでさえ勿体ないと思ってしまいます。

オンラインチケットは、JCB、VISA、MasterCardで変えるので、ぜひ事前に購入しておきましょう。

絵画史上、最強の美少女(センター)って誰!?

今回のビュールレ・コレクションのキャッチコピーは、「絵画史上、最強の美少女(センター)」です。

「美少女」と書いて、「センター」とフリガナをふっています。

何を意識しているかってのは、芸能界に超疎い私でも、流石に分かりました。

AKBファンの方にはどう捉えられたのか気になるところですが、まぁ、上手いキャッチフレーズですね。

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さて、ビュールレ・コレクションの目玉である、絵画至上最強の美少女(センター)のイレーヌ嬢がこちら。

透き通るような白い肌に、カールした長い髪、その横顔は純粋かつ儚げな美少女。

何歳に見えますか?

これで当時8歳だったそうです。大人っぽいですよね。

Dr.ゆず
ドクターゆず
私が8歳の時とは大違いです。

絵画史上最強の美少女の生い立ちと『可愛いイレーヌ』の歴史

『可愛いイレーヌ』のモデルとなったイレーヌは、ユダヤ系銀行家の父ルイと、ユダヤ系大富豪の娘であった母ルイーズのもとに、1870年に生まれます。

実家も裕福で、本人は美少女で、誰もが羨むようなお嬢様です。

しかし不思議なことに、イレーヌ嬢本人も、注文したイレーヌの両親も、この絵が気に入らなかったというのです。

彼女には2人の妹と、1人の弟がいて、イレーヌが8歳のとき、2人の妹の肖像画を、ルノワールに描かせています。

1891年、イレーヌが19歳のとき、12歳年上(のユダヤ人銀行家モイス・ド・カモンドと結婚。男児と女児を1人ずつもうけましたが、その後、最初の夫モイスとは離婚し、イタリアの貴族サンピエリ伯爵と駆け落ちし、1901年の30歳に再婚しています。

しかし、サンピエリ伯爵との結婚生活は20年ほどで破綻し離婚。

その間に第二次世界大戦が勃発し、イレーヌの肖像画は、ナチスによって強奪されました。

そして1945年、イレーヌが73歳のときに第二次世界大戦は終戦。

その翌年、イレーヌが74歳のとき、すなわち描かれた64年後、この絵が彼女のもとに返ってきました。

ドイツ軍に囚われていた彼女の肖像画と、奇跡の再会を果たしたのです。

8歳のときには気に入らなかった肖像画でも、64年ぶりに再会できた絵画なら、さぞ感涙にむせんだことでしょう。

と、思いきや!!

彼女は、執着もなかったのか、64年経っても気に入らなかったのか、嫌悪の思い出しかなかったのか、程なくして手放してしまいました。

こんな美女に描かれているのに、どうしてイレーヌは気に入らなかったのでしょうか?

Dr.ゆず
ドクターゆず
辛口批評で悪名高い、サラリーマン夫のタチバナくんは次のように考察しています。

イレーヌが『可愛いイレーヌ』を忌み嫌い手放した真の理由

イレーヌ本人が、ルノワールの傑作と称される『可愛いイレーヌ』を気に入らなかった理由として考えられることは2つあります。

1.絵に不満を持っていた可能性

「本物の私はもっと可愛いのに、描かれた少女は私よりもかわいくない!」

だから、気に入らない!

というパターンです。

2.自分に不満を持っていた可能性

もう一つは逆のパターンです。

実は、実物のイレーヌ嬢は相当のブサイクだったのではないか?という仮説です。

なんとも皮肉な批評ですが、そう考えると、納得するのではないでしょうか。

本当は可愛くないのに、絵画に描かれているイレーヌはめっちゃ可愛く描かれた、ということです。

「本人だけでなく、両親でさえ気に入らなかった」

ということが、この仮説に辿り着いたポイントだと、タチバナくんは力説しています。

本人が自分の肖像画を気に入らない、ということは理解できるとしても、両親なら可愛く描かれた娘の絵を気に入るはずです。

なのに、その両親でさえ気に入らなかったということは、この絵と実物のイレーヌ本人が似ても似つかないということなのではないか、ということです。

両親の贔屓目から見ても、

「いや~流石にイレーヌはこんなに美女じゃないだろう」

と、脚色して描いたルノワールに対して怒りさえもを覚えたのかもしれません。

医者の視点で可愛いイレーヌを分析してみる!

『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)』は、「色白の、栗色の髪をしたイレーヌ嬢」と表現されています。

しかし、よーく見てみると、2人の妹と比べると、栗色というより赤茶色に近い印象です。

背景を見ると戸外で描かれているようなので、日の光が髪に当たって、良い感じに明るい色に見えますが、イレーヌの本当の髪色は赤毛なのかもしれません。

赤毛は金髪よりもユーメラニン(いわゆる一般的にいわれているメラニン)が少なく、フェオメラニンを多く含み、皮膚の色も薄く白く、そばかすができやすいです。

そしてヨーロッパでは、赤毛のアンのように、赤毛の少女は忌み嫌われる存在でした。

そういう目で見ると、イレーヌ髪の毛は、キレイなウェーブがかかった髪というよりも、比較的チリチリの天然パーマのようにも見えます。

イレーヌが赤毛の少女であった場合、本人はきっと絵の通りの色白であったことは間違いないと思います。

そうするとルノアールは、そばかすを敢えて描かず、顔貌も本人以上に美しく描いた可能性が高く思えてきます。

それを裏付ける理由として、2人の妹の絵は正面から描かれているのに、イレーヌ嬢は横顔を描かれているのです。

美人は真正面から見ても美しいが、可愛くない子は、横顔や下を向いた写真の方がマシに見えるから、敢えて横顔を描いて雰囲気美人に仕上げたのではないでしょうか。

きっとルノアールは良かれと思って、実物以上に美しく描いたのでしょうけど、それがイレーヌ本人や両親から不評を買ったのではないか、と推測したのです。

写真や絵が実物より美しすぎるのも大問題?

いつの時代も、女性はキレイで美人でありたいと思うものです。

写真を取るときには、「きれいに撮ってね!」なんてカメラマンに声をかける女性も多くいらっしゃいます。

が、カメラマンは内心「実物以上にキレイには撮れないよ」と、思っているに違いありません。

実物以上にキレイに撮ることができて、女性の心を掴んだのがプリクラですね。

もはや別人としか思えないような修正がされるプリクラも、最初は抵抗がある人も多かったと思いますが、今はいつの間にか「そうゆうものだ」と市民権を得ています。

そしてプリクラでキレイにするばかりか、最近は日本でも「実物」をいじってキレイにする美容整形も流行ってきています。

しかしきっとイレーヌの時代には、まだ美容整形に対する寛容さがなかったのはもちろんのこと、絵が実物と大きくかけ離れて美しく描かれることに対しても、一種の軽蔑さえ、あったのかもしれません。

イレーヌの長女ベアトリス、ベアトリスの息子は、アウシュヴィッツ強制収容所で死亡しています。

イレーヌの妹エリザベスも、50年前にカトリックに改宗していたものの、アウシュビッツに向かう途中死亡しています。

「自分がユダヤ人でなかったら!」

「せめて絵の中のイレーヌ嬢のように美人だったなら、もっといい人生が送れたのかもしれないのに・・・・!」

64年の月日が経ち、絵がイレーヌのもとに返ってきた時、74歳のイレーヌはそんな風に忌々しく思ったのかもしれません。

イレーヌは、絵の中に描かれた美しすぎる自分に嫉妬し、嫌っていた!

タチバナくん
タチバナくん
これが、イレーヌ本人がルノアールの傑作『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)』を忌み嫌った理由ではないでしょうか?
Dr.ゆず
ドクターゆず
我が夫ながら、なんとも穿った考察ですね・・・・。

こちらは、写真撮影がOKで、かの有名なクロード・モネの絵、

クロード・モネ『睡蓮の池、緑の反映』(1920-26年 油彩、カンヴァス 200×425cm)

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